「すずめ踊り普及会」設立

平成15年(2003年)、泉州・堺で“よさこい・ソーラン踊り”を楽しまれているグループが仙台で開催された「みちのくYOSAKOIまつり」に参加した時、笛、鐘、太鼓の軽快なお囃子に合わせて両手に持ったの扇子をまるで鳥の羽のように大きく振り、飛び跳ねながら熱狂的に舞う踊り子達の姿に出会いました。

そして、その踊りが、堺と縁のある“すずめ踊り”であることを知って驚き、その感激を堺市民に伝えようと「堺すずめ踊り普及会」が設立され、仲囲巣連の前身の「ナイスファミリー」も参加しました。

平成18年5月、第22回「仙台・青葉まつり」にはじめて“泉州堺雀連合”として86名が参加し仙台市民に皆様から大変暖かい歓迎をいただきました。祭りのほうも大変盛り上がり、老若男女過去最多の107団体3,700名の仙台市民が参加されました。

“すずめ踊り”と堺のゆかりについて

さて、仙台の祭りと堺とどんな関係なのと不思議がる方もおられるでしょう。
天下分け目の決戦・関が原の戦い(1600年)から、堺の“まち”が大火で焼失した大坂夏の陣(1615年)の頃、時の為政者・徳川家康を始め有力諸大名は、堺の“まち”を大変重要な戦略拠点として位置づけておりました。
とりわけ、堺の高名な茶人であり有力な商人であった今井宗薫(今井宗久の嫡男)の存在は大きく、徳川家康公と伊達政宗公の間をとりつなぐ役目をされていて、伊達政宗公のよき相談役の立場にありました。

しかも、今井宗薫は、徳川家康から、河内国と和泉国の代官に任じられておりましたので、地元(石屋町:現・中之町西1丁、石切町:現・中之町・寺地町西2丁)はもとより、広く、河内や和泉の国からも石工さんを動員して仙台城の石垣づくりに協力したのではと考えられます。
そうなんです、堺の石工さんたちが住んでいた“まち”は、仲囲巣連を立ち上げた「ナイスファミリー本社」のごくごく近くだったんです。

すずめ踊り(男踊り)

「仙臺すずめ踊り連盟」の皆様のご指導とご助言をいただきながら練習を重ね、今年(平成19年5月)も、116名からなる“泉州堺雀連合”の一員としてナイスファミリーも参加し、昨年に続いて仙台市民の皆様に温かく迎えていただきました。
日頃感じたことのない感激と喜びを与えていただき、踊りの楽しさ、市民同士のつながり、男女、子供から大人を問わず一緒に踊る楽しさは格別でした。

すずめ踊り・ナイス蓮(堺サンスクエア演舞

そしてナイスファミリーから祭連「仲囲巣連」が誕生しました。
現在では大阪、兵庫など堺以外のメンバーも在籍していますので、踊りが好きな方・踊ってみたい方・お囃子をやってみたい方など、“すずめ踊り”に関心のある方でしたら一般の方も含めて会員を募集しております。
「堺すずめ踊り普及会」の夢は、一人でも多くの皆さんが、“すずめ踊り”を絆としてつながり、楽しみ、喜びを分かち合う。
そんな「市民の文化」として広がり定着してゆくことです。
皆さんを「仲囲巣連」でお待ちしています!