“すずめ踊り”とは

“すずめ踊り”って、何かなと思われる方、聞いたことがない方、必見ですよ。
特に踊りが好きな方にとっては興味深いはず!
『大阪・堺にも伝統にゆかりのある踊りがあるの?』
『私たちも踊れるの? 』

誰もが参加できる踊りがあるんです。そして大きな夢を感じる踊りなんですよ。
では、“すずめ踊り”についてお話します。よーく読んでね。

“すずめ踊り”の由来

仙台城の石垣

江戸時代のはじめ(1603年)、新しく出来た仙台城への引越しのお祝いの宴席で、泉州・堺からお城の石垣づくりに来ていた石大工さんたちが、殿様・伊達政宗(だてまさむね)公のおもてなしを受けて嬉しさのあまりに思いのまま飛んだり跳ねたりしてお見せしたのが始りと伝えられています。
西国らしい小気味良いテンポの踊り、躍動感あふれる身振り手振り、伊達政宗公にとっても初めての自分のお城の完成お祝いですから大変喜ばれたそうです。

跳ね踊る姿が餌をついばむ雀の姿に似ており、さらに、伊達家の家紋が「竹に雀」であっことから、それにちなんで“すずめ踊り”と名付けられ今日まで伝えられてきました。

戦前までは、仙台市・石切町(現在の八幡町)の石工たちによって踊り継がれ、毎年、伊達家の氏神・国宝「大崎八幡宮」の祭礼には、“すずめ踊り”を奉納するのが通例となっていました。
しかし、戦後は次第に継承者を失い、同町・石切神社にてわずかに残った石工たちにひっそりと受け継がれるだけとなっていました。

「仙台青葉まつり協賛会」では、途絶えかけた伝統を守るため、伝承者・黒田虎男氏(黒田石材店)の指導を仰ぎ、昭和62年(1987年)より“仙臺すずめ踊り”として“すずめ踊り”の伝承・普及に力を注いでこられています。

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堺すずめ踊り 歴史と伝説